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ほんの1ミリ

3年前に初診でみえた患者さんで主訴は歯並びを治したい。口腔内を見ると前歯の歯根が完全に見える状態でおそらく教科書的には抜歯の適応で間違いないかと思えた。まだ20代で若く、抜歯だけは患者さんもご家族ももちろん私も避けたいと強く思った。矯正治療による恩恵は大きいものの、欠点がないわけではない。その一つは歯を移動させることにより、歯の周りの歯肉が下がってしまうことがある。一旦退縮した歯茎に対して歯肉移植を行うことができなければ、矯正治療は怖くてできないとずっと思っていた。
もう10年以上前になるがそのオペができるように著名な先生に弟子入りをして、随分と練習をして、思ったよりうまくできなかったり、時間がやたらかかったりした。今では歯肉移植を日常的に行う様になった。初めてのオペが終わり、その結果がでる半年後に患者さんの歯肉が再び復活した状態を見た時の喜びは、その時はたった1ミリ、ほんの1ミリ増えただけのことだったのだけれど、その時の喜びを未だに何かで超えたことはない。インプラントの手術ができた時も、難しい親知らずをうまく抜けた時も、綺麗な前歯になって患者さんが喜んでいてくれても、あの時のほんの1ミリ増えただけの喜びを超えない。欲しかった車を買っても、おしゃれな服を買ってもその喜びは一瞬で過ぎ去る。分院を出したり、医院を大きくすることよりも、私の場合はその1ミリに喜びを感じてしまうタイプなため、今度はもっとできる様になりたいと思って練習してじっとできない時間にも耐えてを繰り返す生活を続けている。医院の規模や、スタッフの数の多さなどに全く興味がないのでそういう先生やスタディーグループからは全くもって声がかからない。
矯正を終え歯肉移植を行った20代の患者さんはオペを数回行ったため1ミリだけではなく7〜8ミリは復活した。ほとんどの毎日は煩わしいことや心からやりたいことはできずにしょぼくれているのだけれど、患者さんが喜んでくれる姿を見るとやはりこの仕事はやめられない。仕事の悩みは仕事でしか乗り越えられない。
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