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部分矯正について
10年以上も前のことである。40歳ぐらいの女性の患者さんより「ちょっとだけ左下の小臼歯が内側に倒れているからそこだけ歯を起こして歯並びを直して欲しい。」と言われた。歯を起こすこと自体そんなに難しいことではないので安易にあまりにも安易に3ヶ月もかからないぐらいで歯を起こして治療を終えた。それからである。1ヶ月ぐらいしてメインテナンスにお越しいただいた際,調子はいかがですかと尋ねると,泣きながらその方が「元に戻して欲しい,歯を起こしてから噛み合わせが変わってしまい,綺麗に並んでいるのにどこで噛んでいいのか分からなくて気がおかしくなりそう」と。何も答えられなかった。絶妙なバランスをとっていた左右の噛み合わせを,見た目だけのために部分的な矯正をしてしまったために,全体の調和が乱れ体の不調を来してしまったのだと思われる。
大学の矯正専門医の先輩に尋ねられたことがある。「矯正を希望する患者さんがいたらどうしてる?専門医に紹介してるのかそれともお前が治療してるのか?」と。その時私は「簡単な症例は自分で治療しています。」と答えた。普段は優しくて冗談ばかり言っているその先輩の顔つきが変わり「お前の言う簡単ってなんだ?俺にはどんな患者さんも難しいぞ!」と。
部分矯正はやっていますかと時々患者さんから尋ねられることがある。例えば目で見てわかりやすい前歯の不正咬合の原因も,奥歯や顎関節など色々な原因が絡み合って起きていることが多いので,歯並びが乱れてしまった原因を根本から考えていく必要があるので部分矯正はやっていません。と答えている。
“気がおかしくなりそうだ“と仰った患者さんのことも,先輩が言った“どんな症例でも難しい“と言ったその意味も今では痛いほどよくわかる。歯の治療は本当に難しく,奥が深過ぎて,時々逃げ出したくなる。でも一歩一歩。