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”何のためにこころ歯科クリニックはあるのか?”

2020年03月25日

      こころ歯科クリニックの考え方や大事にしている事をまとめたものを、毎朝の朝礼で読むようにしてきた。8年前ぐらいに作ったものが、今の思いと少しずれてきた感じがして久しぶりに修正した。当時スタッフが定着せず、自分自身の治療に対する考え方もその場しのぎで右往左往し、将来の展望も描けないでいた。自分はどうしたいのか、何をそんなに怒っているのかがわからなくなっていた。スタッフに向けて作ったのだが、実は自分に向けて書いていたことが今よくわかる。今回の修正だって結局は自分に向けて作ったようなものだ。あいも変わらず自分自分で本当に嫌になります。

”何のためにこころ歯科クリニックがあるのか?”

 口腔という人間の健康や幸せのためになくてはならない領域をプロとして正しい医療とさりげない気遣いを提供するため。

月(感じ取る感性を大事に)

 床や壁の汚れ、空間の乱雑さを認識できない鈍い感性では、転変してやまない患者さんの心の変化に気づくことはできない。患者さんや仲間の仕草、雰囲気、その人から微かに滲み出ているものを汲み取る感性を大事にすること。

整理(いらないものを捨てること)整頓(いつでも誰でも欲しいものが使える状態を保つこと)清潔(ピカピカに綺麗にすること)を心がけ自分の大切な人に自信を持って紹介できる気持ちのいい医院を目指します。

火(ひとりひとりがこころ歯科クリニック)

 ひとりひとりの小さな思いや行動や態度がこころ歯科クリニックを形成していきます。忙しい時、ピンチを迎えた時に人は試され、隠れていた本当の自分が現れます。だから勤続年数に関係なく、ベテランは踏ん反り返るのではなく新人の新鮮な気持ちや情熱を見習い、中堅は常にまだ自分にできることはないか、人の見本に果たして本当になっているのか、自分本位になっていないかを見返し、新人は謙虚さを忘れずに、なおかつ貪欲に自分を変えること、周りにいい影響を与えられること、経験を言い訳にしないことを心がける。

木(なんのために)

 私たちは自分が患者さんだったらどんな歯科医院に行きたいか、どんな人がいてくれたらずっと通おうと思うかを常に考えます。また患者さんの幸せの向こう側に自分の幸せがあること、自分たちの都合だけで患者さんを誘導することがないように心がけます。また家族やスタッフあっての自分だということを忘れません。大切なものは意外と近くにそっと隠れていて、日常の当たり前は偶然がいくつもいくつも重なった結果で、失って初めてその大きさに気がつくことを忘れません。

金(チームワーク)

 チームワークとはただの「仲良しこよし」「以心伝心」の集まりではなく、個人個人がまず自立し、個人の役割をしっかりと果たした上で、なおかつ自分の守備範囲を超えてカバーし合う集中力の高い組織である。みんながそれぞれ強みと弱みを持ち、お互いがそれを個性であると受け入れ、理解した上で、決して足を引っ張ったり、見下したりすることがなく、色々な人材が集まったチームとして”患者さんのためにどうすればいいのか”という共通の目標のために行動するところから生まれます。

土(今を真正面から真摯に生き切る)

 不満の原因は自分のことを棚に上げ、他人と環境がどうやったら変わるかを一生懸命考えているだけに過ぎません。過去と他人は変えられないけど、未来と自分は変えられます。批判家になるのではなく、あたりまえのこと、地味なことを真面目にコツコツちゃんとやること。低いレベルで満足せず、また他人からの評価ではなく、あくまで自分の中で納得がいく仕事ができたかどうかで判断すること。永久に未完成であり、変わり続けることをやめないこと

 

 

帰る場所があるということ

2020年02月18日
  1.  卒業して以来だから20年ぶりに徳島大学のサッカー部のOB会に出席してきました。お誘いの連絡があるまで自分がサッカー部だったことを忘れてたぐらいです。今までも毎年誘っていただいていたにも関わらず徳島という距離に負け、サッカーの試合を現役の学生たちとするという恐怖に慄き、動けるはずのない身体に嫌気がさし、実際にはセミナーや講習会と重なりほとんど都合がつかずに行くことができないでいた。会場に着きドアを開けると馴染みの顔がそこにあり、20年間という空白はあっという間に埋められた。

 ♪人間なんて生き物は誰でも年を重ねると、今まであった出来事を自然に美化しようとする。無様で惨めで本当にどうしようもない日々を、かなり大げさにドラマチックに話を塗り替えて。脳みそが勝手に無駄な記憶と判断したもの、ほんの些細なくだらないこと、パッとしない景色、すべて忘れてしまったらなかったこととおんなじだな。そんなのあんまりすぎないか、そんなのさみしすぎないか♪                             日々のあぶく フラワーカンパニーズより

昔聞いた歌を思い出していた。帰る場所があるということはまた頑張れるということ。

 

のんべんだらり〜と

2020年01月24日

 

昨年よりカルテスペースの確保、スタッフルームの極狭さ、トイレ不足などから増築を予定していて、設計士さんとも何度も打ち合わせを重ねて今年の3月からいよいよかという段階まで来ていましたが、昨日全てを中止することに決めました。当初予定していた頃からいろいろな事が重なり、状況があまりにも変わってしまったためです。とは言いつつも全く悲観的なものではなく、流れがそうなっていることを感じて逆らわずに、自分の感覚に委ねて見ようと思いました。いつもそうなのですが、自分に足りないところを教えてくれる治療的に難しく、でも長い間歯のことで悩んでいる患者さんがふと初診で予約が入り、打つ手がない状況まで追い込まれながらも必死でやっているといつの間にか答えが出ていたりして。違う方向へ間違って行こうとすると何故かいろんな事が嘘みたいに目の前で次々と起き、自然と軌道修正されていたり。今までは動いてやってみて、それから考えてきたけど、今はこれからどうしよっかな〜って立ち止まって考えるのも悪くないかなって思っています。未来はバラ色なんて思えないし、辛いことも何食わぬ顔してやってくるけど、いつか終わりが来る限られた時間の中だけどのんべんだらりも時にはいいのかも。

 

来年こそ

2019年12月20日

   

もう少しで今年も終わる。歳を重ねるごとに年末らしさを感じなくなり、ゆく年を見送ることしかできなくなってきている。それでもやっぱり来年の目標を立てずに過ごせるほどの勇気はなく、自分だけの目標を立てた。”今年こそ楽器をものにする”

10代でアコースティックギターをなけなしのバイト代で手に入れ、隣人からうるさいと怒鳴られても構わずかき鳴らしていた。今でもコード進行ならできるしたまにメロディーが降ってきて、慌てていつか世間に発表する時が来るといけないからと録音したり。それでもやはりギターソロやベースラインに惹かれてしまう。どうしてこんなにも指が動かないものかと小さく無骨な手を恨んだ。”できない事があることは幸せなことだ”と尊敬する人から言われた事がある。そう言われた時はその意味がわからなかった。今は少しわかる。できなくて癇癪を起こす子供のように今は家でキ~ッとなってベースを抱えてるけど幸せな毎日である。 新しいことをするにしても、ずっとやってきていることを続けるにしてもすぐに居心地のいいところを見つけてしまう。この子のように。来年こそI have to step out  from my comfort zone!

 

 

Sustainability(名詞:持続可能性・持ちこたえる力、形容詞:sustainable)

2019年10月22日

   

 学生の時以来ジーンズを買いました。それも育てていくタイプのジーンズで一切加工がしていない、雨に濡れればあらゆるところに色を移して、一緒に洗濯した日には全てを藍色に染めてしまうあれです。20歳ごろ来る日も来る日も同じジーンズを履いて、洗わずに自分の足に合った形に、どこにもない世界に1つだけの自分だけのジーンズを作りたいと頑張りました。その結果自己満足だけのボロボロのジーンズと、ほんの少しの理解者と、大多数の”不潔、臭い、信じられない”という友人と、どうかそれで実家には帰ってこないでという家族が残りました。ボロ雑巾扱いされ、何度も捨てられそうになったあのジーンズも、流石にちぎれてショートパンツみたいになってしまったために捨ててしまった。 

 45歳になり、きっと自分の寿命はもうとうに半分は来てしまったであろう自覚がある。ここからは長くゆっくりと愛せるもの、壊れてもそれもそのものの一部であって決して綺麗なままでいることがその価値を落とす要因ではない考え方に変わってきた。

治療も若い頃この治療方法でいつまでもつのかなどあまり考えていなかったような気がする。目の前の患者さんの訴えを少しでも早く解決することがいいことで、綺麗にできれば、患者さんが満足してくれればそれが正解だと思っていた。歯科医師になり21年目となり、自分が行った治療も数年で壊れて帰ってくる患者さんを見る機会が増え、その場しのぎでしかなかった処置は自分が思っていたよりもずっと早くもっと悪化していたりした。だから今はその時は患者さんには残酷な言葉になってしまうかもしれないけど伝えなきゃいけないことがあることもわかっている。まだまだ私の技術では一旦直したら一生持つなんてことは絶対に言えない。でもその期間を、患者さんが歯のことなんて気にしないでいられる期間が少しでも長くなるようにと切に思っております。今日も子供たちに奇異の目で見られようと、ジーンズ履いたまま寝よう。

 

Taro Okamoto

2019年09月23日

     

 岡本太郎記念館に行ってきました。生前実際に太郎さんが住んでいて、アトリエとしても使っていた青山にある住宅にふと思いつきでなんとなく。 入った瞬間少しカビ臭くて、塗料も飛び散ったままだったから、作品の中にあった太郎さんの実物大と思われるフィギュアが目の前に現れた時は思わず本人かと思ってワッって声を出してこんにちはって挨拶してしまいました。

 20代の頃貪るように読んでいた太郎さんの本。太郎さんの言葉に励まされ、いつか会えると思っていた。あれからもう20年が過ぎて、なんでいま太郎さんなんだろうと自問自答しながら何枚も何枚も写真を撮った。

確かに自分の中には太郎さんの言葉があって、熱く生きると誓った自分がいた。多様性が受け入れられるほど成熟していなかった20年前、自分は人とはうまくやっていけない社会不適任者だと悩んだ時期があった。そんな時太郎さんの言葉は優しかった。”人間は誰でもが障害者なのだ。たとえ気取った格好をしてみても、八頭身であろうが、それをもし見えない鏡に映してみたら、それぞれの絶望的な形でひん曲がっている。しかし人間は、切実な人間こそは、自分の歪みに残酷な対決をしながら、また撫でいたわりながら、人生の局面を貫いて生き、進んでいくのだ。

 

 

こんな自分でも生きていていいのかもと思えた。今改めて20年ぶりに太郎さんの本を読んで、変わらず震えた。太郎さんのTシャツ着て今日は寝よう。

 

 

伸びしろがあるということ。

2019年08月31日

   勤務医の塚本先生が2019年10月に地元の土岐市で開業することとなり、みんなで写真を撮った。塚本先生と出逢ってはや4年4ヶ月が過ぎていた。最初は何もできなくて怒ってばかりいた。随分と酷いことも言ってしまった気がする。にも関わらず一度も嫌な顔一つせず、拗ねることもなく、真面目に取り組んでいた。彼に会って私が勉強になった。”出来ないという事はダメなことではなく、伸びしろがあるという事”。だからどうやったらわかってもらえるのか、大事な事は何かを伝えるにはどうやったらいいのか、これは私自身の課題でもあった。だからこの4年4ヶ月はあっという間に過ぎてしまった。少し頼りないけど、頼りないということは強くなれる伸びしろがあるということ。どうか頑張ってもいいけど、大きな木のようにしなやかにゆ〜らゆ〜ら揺れながら折れずに伸びていってほしいです。またいつか色々話そう。

 最後に私が好きな言葉を送ります、なんてよくある形式だけどやっぱり送ります。スタッフのことでひどく悩んでいた頃にたまたま観た映画”SPEC”より主人公が言った言葉が胸に刺さり、その場面を何度も何度も繰り返し観て、一字一句聞き逃さないようにメモを取った。開業していつかスタッフのことで悩んだ時思い出してくれたらいい。

 ”本当の幸せってのは、頑張って、スゲー頑張って、でも失敗して、壁にぶつかって、時に人に裏切られて、でもいつか本当に大事な仲間に出会い、本当の愛や絆に包まれていくこと。自分より守りたいものがテメーにはあんのかよ!”

そんな日がいつか来ることを願っています。またねー。 

 

才能に嫉妬

2019年08月29日

 藤が丘にあるカフェ”青猫”でベーシストの鳥越啓介さんのコンサートがあった。椎名林檎さんのコンサートで独特の雰囲気で人を威圧することなく、目をつむり、楽しそうにコントラバスを弾く姿に魅了された。ギターでさえコード進行から先に進めなかった私は、音楽家に対して手放しで尊敬の念を抱き、もし生まれかわれるのならピアニストか、チェリストかと妄想してやまない。

 ”琴線に触れる”とはまさしくこのことで、4本からなる弦の音色は私の心の糸に優しく触れた。体調がすぐれず行くのをやめようかと思っていたが、娘とあと何回コンサートに行けるだろうと想像したらすぐに考えを変えた。結果、演奏が始まって一番前のめりになっていたのは私で、熱もだるさも忘れていた。

ベースだから主役ではない。でもなくてはならない。音に深みや強弱をつける。野球でいうと4番でエースに憧れたことはなく、9番セカンドに興味があり、サッカーで言えば10番キャプテンは荷が重く、7番ボランチに生きがいを感じていた。

それぞれで進む時間は違っていいのだ。多様性の中にしか面白みはない。だから誰かと同じであることを心底嫌い、変化が好きで、相手も認めるが、自分も認める。自信がなく、自尊心の育ちにくい時代なのかもしれない。コーヒーの苦味とジャズは雨の日によく似合う。音は跡形もなく消えてしまったけれど、鳥越さんの才能に嫉妬を覚えたけど、確かに満たされた夜だった。今朝、久しぶりに夢も見ずにぐっすり寝むれたことに自分で驚いた。昨日は夢だったのかも?

 

 

何もしないをすることに決めた。

2019年08月16日

 

 受験生2人を抱え、お盆休みはどこにも行かない予定だったのが、暑い家にずっといるのを想像して嫌になり、急遽どこかに行くことを決めた。どこでもいいから近場でちょっと涼しいところ。ネットで調べて1ページ目に出てきた宿で、写真が素敵だった、ただそれだけだった。いつも忙しなく、また責任のある仕事に充実はしているものの、同時進行で色々なことを考えなければならず疲れ切っていた。

 今日は何するという問いに”何もしないことをすることを決めた”とプーさんは言った。できそうでできないことをプーさんは簡単な言葉で教えてくれた。本当に仕事のことは何もしなかった。森の中にあるこの宿にはテレビがなく、静かで、雨音だけが心地良く耳に残った。部屋にあるかけ流しのヒノキ風呂に何回も入って、真剣に子供達とオセロゲームで勝負して、前からやってみたかった陶芸もやってみた。いくつかの場面を忘れないように何枚も写真を撮った。

 今日は何の日という問いにプーさんは”今日は今日だよ”と蜂蜜を舐めながらクリストファーロビンにさらっと答えた。全部逃げずに頑張ってきた今までだけど、それはただどこかにあるゴールを信じて止まることを恐れていただけかもしれない。時には逃げてもいいし、また頑張ってもいい。プーさんみたいなお腹になってきたことにはもう少しあらがいたいけど。。。

 

 

看板のないレストラン

2019年07月24日

  

 ナビで向かって「到着しました」の案内にもかかわらずそれらしきレストランが見当たらず、ナビの検索を間違えて設定してしまったかと思った。看板がなく小さな入り口らしきものを見つけ、ここかなって入っていくとそこには緑が溢れ、人懐っこいお店の方の笑顔があって、安堵とともになぜか前にも来たかのような、“ただいま”って言いたくなるような感じだった。 

 スタッフルームやカルテの保管場所が手狭になり、ここ数年はなんとかごまかしてきたものの、いよいよスペースがなくなってきた。開業して2年目で訳もわからず増築した。大きくなっていくことがいい歯科医院になっていることと勘違いをして、大きく見せることが、ただの自己顕示欲だったことに気がつくこともなく。13年経って何もわかっていなかった自分を振り返りながら久し振りに医院の設計図を眺めている。街中に一つも看板を出さないことを開業当初から決めていた。隠れ家的な歯科医院で来てくれた目の前の方に伝わればいいと。実際には求めていたことと違うと失望させてしまったことも、結局は救えなかったこともたくさんあったし、今も逃げ出してしまいたくなる時があります。でも求めてくれる人がいる限り、それに答えたい。時々弱音を吐きながら、目もしょぼしょぼになりながら。

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